輝く☆ スペイン・アンダルシア地方でのエピソードをご紹介します♪
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小さな気づき
punta sunset1
最近周りの皆さんの話しを聞いてると、思うに、あちこちで小さな気づき、
プチ悟りが起こっている気がする。
多く人たちが自分の状況に感謝して生きてる。
この不況に全くすごい!と私は思う時がある。

数年前には絶対無理と言っていた事を、今では感謝しながらありがたくやってのけている。
私も見習わなければ。

皆往々にして、起こる事は似たようなものだ、
ただ、それぞれの受け止め方が違うのだ。
と今日それを思って、スカイプで繋がった友に話した。
彼女は端から見てると、全てに恵まれているように観えるし、彼女自身も
「本当にありがたい、感謝してる。」とよく口に出すが、
実際何が他と違うかと言うと、彼女の受け止める姿勢が違うんだなと思った。
だから、それを彼女に言葉で伝えたら、なんだか照れくさそうにしてた。

そういった人たちは私も周りで彼女1人ではない。
少なくとも数人はいる。
それってすごいことかも?


私は、更年期に入って感情の嵐が時々やって来るとそれに対してかなりのエネルギーをとられる時がある。
内部分泌システムの乱れが感情不安定さをつくり、マインドが反応する。
が、それも今の所、一段落して、何とか観照できるようになったようだ。
ホッと一息。

だから抵抗しなくなった。
空に浮かぶ雲のように来ては去って行くのを観ていられるようになった。
そして、
時は過ぎる。

大人になっていくという事はこういう事なんだと思う。

peace kamala
ZEN
Zen・・・
ちょっと見てください。

;) kamala
stardust
Lalita Rio
9月20日9時27分友人のその彼は星となった。

丁度、その前に気になって電話した。
その空間は愛に包まれていた。
最愛の人からの無条件でピュアなエネルギーの中で、
会話をしていて、私は彼女のことを誇りに思った。
そしてそんな愛を100%受け取る星となった友人を本当に幸せなやつだと思った。

何歳まで生きるかは問題ではない。
ただ、人として高い意識を保ちながらこの世をされるこの彼はなんて素晴らしい人生を生きたんだと感じた。

彼女と話しながら涙が来ては去って行くのを許した。

彼と彼女の存在のお陰で、私はアティーシャの瞑想の本当の意味を体感することができたし、距離とか時間を越えたエネルギーと接したこの数日間だった。

彼の49日が終わるまで続けようと思う。

彼の魂がより高く、高く、ロイヤルブルーの夜空できらきらと輝けるように。

永遠なる彼女からの無条件の愛。
人として出来る最高の愛を捧げた彼女に拍手喝采を贈りたい。
アティーシャの瞑想を彼女の愛に捧げよう。
そばに居て一緒に慰めたり、想い出話に花を咲かせたりしたいのだが、
海を挟んで離れている今はそれくらいしか出来ないのが悲しくも感じるが、
きっとハートの、瞑想のエネルギーを贈ることが一番だとも感じれるのだ。
平和なる愛のために、素晴らしい空なる甘い香りを漂わせている彼と彼女の存在に感謝を捧げよう。


Thank you Shanti Param & Shuniyam Subasika
peace & love kamala

アティーシャのハート瞑想
アティーシャの瞑想 Lalita
2−3日程前、深夜近くに、友人からメールをもらった。
彼女のパートナーが癌のために病院に入院したと・・・。

前から悪いとは聞いていたが、ショックだった。
しかもその入院した病院は、私の親友とも言える女性がやはり癌で入退院を4年程前に繰り返した所だったから、その時の記憶も蘇って来た。
その夜は眠れなかった。
ハートが痛くて、泣きたいけど、泣けない。
何かしたくても何ができるかわからない。

翌朝、隣りに寝ていたプラナーダも朝早く眼を覚ました。
「とても悲しい。多分とても古くから持っている悲しみだ。」と言っていた。
彼には友人のメールのことは話していなかったのだが、何か感じたのだろう。
わたしの涙は静かに流れおちた。

遠く離れた友人を思って、アティーシャのハート瞑想をした。
彼女のハートの痛みを吸って、私のハートで変容させ、ボジティブな光として息を吐き出す。
ゆっくりとそれを、自然な呼吸と共に繰り返した。
ハートの痛みが消えて行った。

次の朝も彼女のことが気がかりで目が覚めた。
だからやはりアティーシャのハート瞑想をした。

今朝もそうだった。
アティーシャのハート瞑想やはりしてみた。

そして友人にメールを書いた。
アティーシャのハート瞑想をしばらく続けようと思っていると。

彼女からとても美しいメールの返信があった。
それを読んで、涙が出て来た。

明日の朝もこの瞑想をしよう。


with love kamala



Arun Conscious Touch Breath 2011 Aug.
Arun 2011 08 Anasha

2011年8月の超インテンスなLastトレーニングでの私の偉大なるサポートは、アナーシャのブレスワークだった。

インテンシブトレーニングでは直接第一身体に触れるワークをする。

だから全身がふにゃふにゃに綿菓子のようになるのだが、そこにいたるまでに、今までにためて来たものを解放して行くプロセスがある。

ということは、私的表現をすると、本当に強烈な毒だしがある。

私も含めて。

 

昨日も書いた通り、最初の3日間程は、そのエネルギーの渦の中でいかにセンタリング出来るかがチャレンジなのだ。

そう3日間DEEPREDのアヌブッタのリードする背中や足に働きかけるワークが続いた。

はっきり言ってフラフラだった。

まだ7月のクラニオで繊細でOPENになっている脳にはインパクトがありすぎる日々だった。

 

そして、4日目にアナーシャのブレスがあった。

待ってました!

3日間山歩きをした後に温泉につかった気分。

Arun 2011 08 Anasha 1

私はアナーシャがブレスをシェアし始めた頃、ブレスが何のためのワークか全然わからなくて、何のためなのか?どう接したら良いのか?と思っていたのだが、ここ数年間、その繊細なワークが中枢神経に届いた時にそれが大好きになった。

タッチのヴィパサナ。

瞑想そのもののワーク。

サイレンスで、きめ細やかに背骨の奥深くまで浸透するブレス。

そのブレスの日以来、このトレーニングに飛び込んだ。

それまでの3日間は川にそっと入ろうと思っていても流れが強すぎて足をまだ川底から離せない自分がいた感じがする。

4日目のブレスの日にレットゴーし、川の流れと共にもまれながらも水と戯れた。

 Arun 2011 07 Anasha

アナーシャが最後にシェアする日にLUCKYにもモデルに選んでもらえた。

うれしかった。

他の参加者からのタッチも素晴らしいにだが、アナーシャのタッチはとてもソフトなのだか、しっかりとした、確信の持てるエネルギーがある。さすがもう何十年もこのワークを続けているだけあり、すごい。

CONSCIOUSNESS.

もし機会があるなら本当に1度は個人セッションを受けて欲しいと思う。

 

アナーシャのタッチで私の中枢神経は再び光と共にバイブレートし始めた感じがした。

その感覚は目をつぶってそこを感じようとすれば今でも蘇って来る。

この記事を書いている今でも・・・。

 

Les the breath come,

Les the breath go,

And wait, the next breath comes back own it’s own….

 

Thank you Anasha,

Thank you the existence.

☆〜kamala

 

Arun Conscious Touch 2011 Aug. in Spain
Arun 2011 08 2

終わってしまった。

アルーンを初めて以来、毎年あるはずだった夏のスペインでのトレーニングが終了してしまった。

7月が終わり、8月に入った時に、トレーニングが無くなるなど、信じられないと思っていたのに、時間は瞬く間に過ぎ。もう9月。

終了して1週間が経つ。

今回のベーシックは皆で一山も二山も越えた気がする。

もちろんインテンシブと名がついているように、超インテンシブな瞑想キャンプまでの一週間だったが、瞑想キャンプを機会にエネルギーが1つになった。そしたら早い。

Rising Rising UP.

 始まったばかりの3日目、私は今回初めて通訳の仕事無しで参加する友人のラサタに、「もう1週間程経ったような気がするよ。」といったら、ラサタも「そうだよね、あの7月のアドバンスは遥か彼方。このグループに入ってモウずいぶん経った気がする。」と言っていた。

そして、あまりのエネルギーの強烈さに、今この瞬間を一歩一歩、歩くしか道が観えていなかった。

地にしっかりと足をつけて。

それだけしっかりグラウンディングしたから、

嫌という程地上を這い回ったから、

飛ぶときは高く飛べるものだ。

 Arun 08

瞑想キャンプ中に、確かなエネルギーの変化を感じた。

皆が内に入って、静かに自分に戻って行った。

その翌日TAKE OFF!

スペースシップは地上から舞い上がり大空の彼方に浮かんだ。

星と共に。

皆の目にも星がきらきらとひかった。

アルーンコンシャスタッチと言う名のスペースシップの中で、笑い、歌い、踊り、触れ合い。

人として愛を分かち合った。

美しかった。

Arun 2011 08 1

 

最後に皆でアヌブッタとアナーシャは一人一人にさようならと手を取って、目を見つめて。

最後に皆で歌を歌った。

There is so much magnificence,

Near the Ocian.

Weaves are coming in

Weaves are coming in・・・

涙もひかり流れ、流れ星になった。

しばらく長いトレーニングをしないと言っていたが、本当なんだと受け入れた。

すんなりそれがハートに入った。

それを決めたのはアナーシャのお母様が今年の春亡くなったからだ。

彼女は今まで長い間休み無しにトレーニングを続けて来たが、静かに自分と向き合う時間が必要だと感じたらしい。

 

終了翌日の朝、ヘルパーの皆で後片付けをした。

マットもシーツもマッサージテーブルもすべて手放した。

きれいさっぱり。

 

1人で歩いて行く準備ができた夏だった。

アヌブッタとアナーシャの眼に見えない、よりサトルなエネルギーになった愛と共に。

with love & consciousness kamala 

2011 July Arun
2011 July Arun
今年最後のスペインでのアドバンストレーニングコース。
もう1990年代半ばから何年にもわたって行われて来たこのアドバンストレーニングコースが最後になるとは、夢の様で真の話しなのである。

アヌブッタとアナーシャは日本のことを気に書けていた。
Flower People のPray for Japanのバッチをつけて震災への寄付金集めに協力してくれた。

あまりに充実し、あまりにも色々なことがありすぎて、消化し、文章にするにはまだ時間がかかるので、写真を多めに載せようと思う。

2011 July Arun5
トレーニングの初期は身体の疲れを取るために第一身体ヘのしっかりとしたタッチのセッションをした。
これで旅の疲れも、今までの日常生活の無意識な緊張も解放していった。

2011 July Arun1
クラニオに働きかけるので、毎日強烈に脳が活性化されていた。
覚醒してくということはこういったことなんだろうか?
と感じた。

2011 July Arun4
トレーニングをリードする時のアヌブッタはまるで、何かトランスミッターが起こっているかのように、信じられないようなミラクルな言葉が降りてくると表現しよう。
彼は私たちに伝えたいことが山ほど在るようで、とにかく沢山与えてくれる。
JUST GIVING.
なぜこのようになれるのかが不思議だ。

2011 July Arun2
真剣にアヌブッタのクラニオの説明を聞く参加者たち。
参加者もNo Mindでなければ、全て聞き取れないので、コースを聞くのも瞑想のように聞いていた。

2011 July Arun3
このかわいい女の子は会場ラリータのオーナーのお孫さん。
時々休憩時間になると皆と遊びにくる。
エネルギーが伝わるのか、この小さな子もマッサージごっこで遊んでいたが、
ごっこというより、もう1つのセッションになっていた。
まわりのみんなはこの子のタッチング瞑想のエネルギーに癒されていた。

2011 July Arun6
14日間のトレーニングの中日に川へ行った。
今までぎっしり詰まったインフォメーションのアンワイングをし、脳をリラックルさせ、ただ、ただ楽しく過ごした。

2011 July Arun7
毎年恒例のアヌブッタの川でのジャンプ。
5mくらいはあるであろう高さからジャンプするのだが、恐怖はないのか?

こうして振り返ってみると、毎日がギュンとつまって、本当に自分の意識を覚醒させていくために、より人として、愛を気づきを持って生きられるように個の2週間を過ごした感じがする。

もちろんアヌブッタとアナーシャはトレーニングのファシリテーターであるのだが、それと同時に参加者1人1人のエネルギーが、気づこうとする、愛そうとする、優しくなろうとする意識が集まってこのトレーニングを作り上げてくれたと思う。

また時を見てもっと上手く書きたいのだが、とりあえず、このあたりで。

ありがとう。
with peace & love kamala

初心に帰る
Agni grupo
初心に帰ってマザゴンにアグニのグループに先週末行ってきました。

もう長年アルーンコンシャスタッチのワークをしているTeacherたちは、なかなかアヌブッタとアナーシャ以外の人たちのグループには行かないようだが、私はいわゆる同僚たちのグループに行くのが好きである。
初心に帰れるし、自分の「もうすでに知っている。」というエゴを落とすことが出来るから。
それに自分が今どの位置に居るかを確認するためにも行く。

Agni

アグニ先生は元学校の先生でアルーンティーチャー。
パートナーのガガンと共に「オーシャノ」という海の観えるとても素敵なスペースを持っている。
毎年春にはアヌブッタとアナーシャを招いてグループをしている。

Agni grupo1

グループは7人と言う少人数のゆったりとしたグループだったが、マインドから自分の身体に再び戻ることができ、ハートがニッコリ微笑んでいた。

アヌブッタもアナーシャもさすが、彼らからTeacherとしての資格をもらった人たちは、誰がやってもしっかりとアルーンの真髄を伝えることが出来るのだ。

本当に初心に帰って、まるで初めてアルーンコンシャスタッチを習ったときのようにこのグループに参加した。

自分のために愛を捧げた時間だった。

with love & peace kamala


日本人をアンダルシアで生きる
伊勢神宮鳥居
今日は満月だから、いろんなことが起こっている。

7時からフラメンコのレッスンで皆はステージのために練習中。
私ともう一人はステージに立たないことに決めた。
先生のカルロスは恐怖からだと思ってるけど、
それより何より、私は人のためにダンスをすることをめったに好まないのだ。
昔からそれはずっと同じ。
ダンスは死ぬ程好きだし、何時間でも踊れるけど、
人に見せるダンスをすると、自分のダンスでなくなるので、入っていけないのだ。
それにショーダンスは観ていて退屈する。

フラメンコは習い始めてよくわかったが奥が深い。
日本人の私がなかなか踊りこなせない。
あのフラメンコの情熱の感情の感覚に深く入って表現できないのだ。

クラスの皆はもちろんスペイン人だからとても上手だ!
私はテクニックは上手にできるし、だから見た目は上手く感じるのだが、
自分で本当に納得した踊りが出来ない。

日本人である自分を誇りに思っている自分がいて、
その日本の美的感覚が邪魔するのだ!

日本のワビサビの世界をなかなか他の国の日とが理解できないように、
私もフラメンコを踊りこなすことは出来ないと痛感している。
だけど、やはりこのアンダルシアの社会で行きているから、フラメンコの歌や踊りは社会になじむために習っている。

今日はダンスのクラスはライブが入ったので踊ってて気持ちよかった!
だから出来るだけライブで踊りたかったけど、2回目の番が回って来た時タイムオーバーでショーにでない人は踊らないように言われた。
思わずみんなと同じようにショーに出ようかとも考えたりしたけど、やはりYESの答えが自分から返って来なかった。
カルロス先生にはちょっとカッチンと来たけど、帰道によく考えた。
これって何のチャレンジなんだろうと・・・。
答えは
「私らしく生きるために選択したことに責任を取る。」
ということだなーって。

伊勢神宮五十鈴川


家に帰ればの水道が壊れ、水が漏れ!
そして、今は水道の元栓を締め必要なときだけ開いて使用する。

水は感情の比喩だから・・・。

今日の満月は確か蠍座に在る。
ブッタがエンライトした満月だ。
だから気づきが強烈に起こるなー。

自分らしく生きるために頑固でいるのではなく水のように柔軟性を持って生きよう!

with peace & love kamala

恐怖を乗り越える
punta risas2
愛犬のリサスは小さなマルチーズで、1歳と1月。
他の犬と遊ぶのが好きだ。
が、大きな犬はだめ!
特にシェパードに道で会うと、グッド足をふんばって先に進まない。
私が引っ張ると、大きく遠回りをして出来るだけ避けようとする。
昨日の朝散歩に行ったとき、1匹のシェパードとすれ違った。
反応はいつものように「こわ−い!」。

わたしが、「大丈夫、おともだちだよー」と言っても、近くに寄らない。
だから前に進めない。
「大丈夫だよ、リサス。」と少しずつ近づけて行った(結構無理矢理だったかも?)ら、
少しずつ、少しずつ自分からクンクンとにおいをかいで、近づくようになった。
そして5分くらい後にはシェパードと鼻をくっつけていた。
「遊ぼう」体制のふせのポーズに入って・・・。
ジャーン!
お友達になった!

それを観て、私も、(がんばろう!)と、
市内を車で1人で運転して、農園に買い出しに行った。
私は、この運転の荒い、ルールがあってない、車線があってないようなセビリア市内を1人で運転するのはちょっと(というか、だいぶ)怖い。
ドイツ人の友人でさえも言っていたくらいだ。
いつも同乗者を義姉や友人に頼んでいた。
が、怖がっててはいつまでも出来るようにならないと思ったから勇気を出して行ってみた。
そしたら、案ずるより産むが易し。
帰りにはフラメンコの歌の練習まで運転しながらしていた。
私にとっては、セビリア生活の1つの大きな恐怖を乗り越えた。

そしたらすっきり!
恐怖って、自分でしか乗り越えられないものだから。
1歩進んだ感じがする。

with love & Peace kamala