今回のドイツへの旅で感じたことは、ドイツ人が自然を尊重して、そして自然と共に謙虚に生きようとしていることだ。
2000年のお正月はニコと共に迎えた。
その時も彼女は今住んでいるところからさほど遠くないところに住んでおり、自然の中に住居を構えていた。
それからしばらくニコの家にお世話になったのだが、あまりに自然の中にいるのが当たり前になっていて、森への愛の深さや、その自然に対するケアの細かな心遣いなどは目に入らなく、ドイツ人のはっきり過ぎる態度や、過剰なルール。彼らの強すぎるところや、固いところが気になってしまい、どちらかと言うと良い印象を感じていなかった。
こうして時間をあけて再び訪ねたことにより、考えの深さ、大切なものを本当にケアする試み。
厳しい自然と共に歩む強さと、暖かみを感じ観ることができた。
数日間いる間、夜になると森の奥の方で鉄砲の音が良く聞こえた。
ハンターたちが増えすぎた狐やイノシシなどを撃つ音だ。
かわいそうだが、放っておくとどんどん繁殖し、他の生命体の生息を蝕んでしまうため、政府からライセンスを受け取ったハンターたちが、決められた数のみ、そのとき必要なものを撃つことができる。
ちょっと聞くだけではかわいそうな気もするが、そうして行かないと他の動植物たちが生き残れないからだ。
撃った動物は食用になったり、皮が使われたりして、隅々まで活用される。
昔のレッドインデアンがしていたように、殺した命を無駄にしない。
厳しいが、しっかりと向き合っている。
友人のマヤはシングルマザーで2人の子を育てて来た。
上の男の子はキムで22歳、下の女の子はキラで19歳。
上の子が5歳の時から知っている。
丁度、彼女がパートナーと別れた時だ。
上のキムは去年ニュージーランドのワークホリデーから帰って来て、森野管理人の資格を取る大学に行くためにお金を貯めるために、庭師のアシスタントをしているのだが、12月は雪が多く寒さが厳しかったためほとんど仕事がなかったらしい。
だが、月々の彼の生活費を請求しようかどうか迷ったあげく、
「やはり子供のことをよくよく考えて、仕事があろうが無かろうが、今後自立するにあたり、月々の家賃や生活費はかかのだから、と生活費をお願いした。母としてのハートがもぎ取られる思いがした。」と言っていた。「金銭的なサポートをしたいがそれが本当に子どもたちの将来のためなのかどうかを良く考えて行動する。」と・・・。
その話しを森を歩きながらきいたのだが、彼女の母親としての強さと真実の思いやり、愛を感じだ。
私はどちらかと言うと両親からあまあまで育てられ、何か困ったことがあるとすぐ彼らがサポートしてくれる状況だった。
もちろん私の両親は彼らに出来る精一杯のことをしてくれたのだが、それが本当に私の自立に繋がっているかどうかは疑問だ。
ニコの周りの友人たちはマヤの苦労をずっと見守って来た。彼女の母をしての堅実で誠実で立派な態度にそして2人の素晴らしい子供を育て上げた強さに脱帽している。
マヤは今年50歳になるのだが、中年の西洋人にみられるしわがなくつやつやの肌をして、グレーと白の混ざった肩まである髪を無造作にポニーテールにして、信じられないくらい美しかった。
彼女の最近車を止めて前から持っている自転車と公共交通機関に変えた人のひとりで、「その方が全てに良いと言うことを実感した。」と言っていた。
今は新しい恋人に出会い、楽しい日々を送っていると言っていた左手には彼の香港旅行の土産のダイヤモンドの指輪が光っていた。
まだまだドイツの旅で書きたいことが沢山あるのだが、今日から海の家に行くので3−4日インターネットが無い。
帰って来たらまた続きを・・・・。
with love kamala